御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
この業界のことは分からないが、個人がやっているにしては結構な規模ではないだろか。
母が『陸の学費は心配ない』と言っていたこともあながち嘘ではないらしい。
「お母さん……」
作業台のガスコンロの前で、白い割烹着を着た後姿が、湯気の立った大きな鍋をかき混ぜている。白い三角筋で頭を覆い手袋をした人物に、私と陸は見覚えがあった。
「お、お父さん!?」
驚く私たちに向かい、彼はゆっくり振り返る。
そして湯気で曇った眼鏡をずらし、私たちをまじまじと見つめた。
「なんだお前たち……。何か用なのか」
「お父さん……」
「母さんたちは今、漁協に納品に行ってるんだ。もうすぐ帰ってくるから、そうしたらお昼にしよう」
父は驚きのあまり言葉を失う私たちに構うことなく、作業を続ける。
「それに、お客さんが一緒なんだな。これが終わったら話を聞くから、店先にある椅子に座って待ってもらいなさい」
そう言って怜人さまと六車さんに軽く会釈をすると、父はまた鍋に向かう。
その手慣れた様子に、私と陸は言葉を失ったままだった。