御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
その時、クラッチバックの中のスマホが、着信を知らせる振動を伝えた。
「康弘さん?どうしたんだろ……」
差出人は康弘さんだ。液晶に指を滑らすと、【取引先の担当者に捕まった。これから打ち合わせを兼ねて飲みに行くから、理咲はタクシーで先に帰ってくれる?それとも、一緒にくる?】とのメッセージ。
正直、これ以上の接待は私には無理だ。
【それじゃ、先に帰りますね。お仕事頑張ってください】と返すと、
【気をつけてね】
との返事がすぐに返ってきた。
なんだか温かい気持ちで、その文字を見つめる。
恋とか……。康弘さんに対してそんな情熱的な気持ちはないけれど、こんな風に穏やかな関係を保てる人と家庭を築くのもいいのかも知れない。
何より、たくさんの人がそれを望んでいる。
ホテルのロビーを出たところで、クロークに荷物を預けたままだったことに気づいた。
あわてて披露宴会場まで戻ると、あれほどたくさんいた招待客の姿はすっかり消えて、すでに人影はまばらだ。
「こちらでお間違いないですね」
「はい。ありがとうございます」
番号札と引き換えに受け取ったシルクのストールを羽織り、足早にグランドフロアに続くエスカレータに乗ろうとした、その時だった。
一階のエレベーターの前にいる、見覚えのある後姿が視界に入る。すらりと細長い、式服のシルエット。康弘さんだ。
「康弘さん……?」
さっきのメールでは、取引先の人たちとの接待だといっていた。
もちろん、ホテルの上のラウンジで飲むことだってあるだろう。
けれど、視線の先にいる康弘さんの腕には、華やかな衣装をまとった女性の腕が絡められていて——。
あっと思った瞬間、ふたりはエレベーターに吸い込まれていく。