御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
考えるより先に、とっさに駆け出していた。
私がいた三階のエレベーターホールで、ふたりが乗ったエレベーターが停まったフロアを確認し、隣のエレベーターに乗って後を追いかけた。
目的の階でエレベーターの扉が開き、反射的に降りてしまった。
ここはラウンジのある最上階ではなく、その一つ下。このホテルで一番高層階の客室だ。
エレベーターから降りた途端、ふっと頭に冷静さが戻る。すぐに後悔に似た感情が胸に沸き起こった。
私ったら、後を追ったりしてどうするの?
もし仮に、ここで康弘さんとさっきの女の人が降りたとして、それを確かめてどうするの?
それに何だか今まで感じたことのない、嫌な予感がする。
このままエレベータで元の場所に戻るべきだ。
頭ではそう分かっているのに、勝手に足が前に進む。
静かなフロアには、四つしかない客室の案内が出ている。
このホテルで最高の部屋がある場所。
おそらくスイートルームがある階だろう。
一般の客室フロアとは明らかに違う、上等な絨毯と品の良い丁度品で設えられたエレベーターホールから、左右に伸びる廊下を恐る恐る覗きこむ。
間違いならいい。
康弘さんとあの女性は、きっと遅れてラウンジに合流したはず。
こんな場所にいるはずない、そう願った私の期待は簡単に裏切られる。
覗き込んだ視線の先にはやっぱり康弘さんがいた。
いや、正確にはふたりだ。康弘さんと女性が、絡み合うように抱き合っていた。
大胆に背中が開いた、黒のセクシーなドレス。
下着がつけられないデザインのそれを着こなしていた、豊満な体つきには見覚えがある。
披露宴に出席していた人だ。新婦の親族の席に座り、私も康弘さんに紹介してもらって挨拶をした。確かあの人は……。