御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
女性の細腰に手を回し、唇が触れそうな距離にいる康弘さんを妖艶に見つめながら、彼女が康弘さんの眼鏡に手を伸ばし、笑いながら外す。
そしてそのまま、唇が重なった。
思わず叫びそうになって、あわてて両手で口を塞ぐ。
心臓が痛いくらい脈打った。
テレビでしか見たことのない男女のやり取りに、知らぬ間に指先が震える。
ふたりは絡まりあったまま、しばらく貪るような交わりを続ける。
「……あのお嬢ちゃんは?」
息を乱しながら僅かに唇を離した女性が、茶化すように言った。
あのお嬢ちゃん。……きっと私のことだ。
「先に帰したよ。仕事だと言えば素直なものだ」
「本当、素直でかわいらしいお嬢さんよねぇ。あなたの未来の花嫁」
「……やめろ」
そしてそのまま、康弘さんは見たこともない強引さで女性の手を引き寄せて唇を塞いで——。
あまりの衝撃に足元がふらつき、持っていたクラッチバックがそばにあった大理石のテーブルに当たった。
カツン、という小さな音が辺りに響く。
瞬時に体を離した康弘さんが、素早い仕草で女性から離れ、こちらに向かって歩き出す。
「誰だ!?」
破れそうな心臓を押さえながら、夢中で反対側の廊下へ走り込んだ。
目についた非常階段の扉を音をたてないように開け、するりと体を滑り込ませる。
ヒールを履いているから、階段を上ってもすぐに追いつかれるだろう。それに音を立てては見つかってしまう。
……それ以前に、ここをあけられたら、一貫の終わりだ。