強引専務の身代わりフィアンセ
「酔っていても、酔っていなくても駄目です。それに、こういうのはっ」

 そこまで言いかけて私は口をつぐんだ。いつもみたいに「美弥さんと」と言いかけて、それを口にするのが、このときはできなかった。不思議そうな顔をする彼の腕からそっと抜け出す。

「それにしても、一樹さんが、冗談でもこんな行動を取る人とは思いませんでした」

「そうだな、俺もだよ」

 非難したつもりがあっさりと同意され、毒気を抜かれる。私はもうバスルームにそのまま足を運ぶしかなかった。



 シャワーを浴びて、ゆっくり湯船に浸かったおかげで、体もずいぶんほぐれたし、さっぱりした真新しいガウンに身を包み、髪を乾かしながら、鏡に映った自分を見つめる。

 さっきまでの面影はなく、なんだか魔法が解けたみたいで、物悲しくなる。でも、これが本当の私の姿だ。ドライヤーのスイッチを切り、気を取り直してからバスルームを出た。

 一樹さんも疲れているだろうし、早く入ってもらおう。

 声をかけようと、ドアを少し開けたところで、彼が誰かと話していることに気づいた。

「俺はお前が理解できないよ」

 こちらに背中を向けているので、声をかけるタイミングを迷う。話し方から、仕事のことではなさそうだけど。どうしよう。とりあえず存在に気づいてもらおうと、一歩踏み出したそのときだった。

「片思いなんて、なにが楽しいんだ? 少なくとも俺はもう終わらせたい」

 一樹さんの口から飛び出た言葉に、私は固まってしまった。足元が崩れるような錯覚に陥り、煩くなりそうな心臓を押さえる。
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