強引専務の身代わりフィアンセ
 部屋に戻って、ベッドに突っ伏す。どういった理由で、あの場に美弥さんもいたのかは見当もつかない。彼女の都合がつかないから今回の同行を私に頼んできたって聞いたのに。

 理由を探ってどうなるの? どんな理由でもお金を払って依頼されたなら、仕事として引き受けたなら、一樹さんの個人的な事情に、私は首を突っ込む権利はない。

 それなのに、今は自分で必死にしていた線引きが胸を締めつける。

 一樹さんから、美弥さんは自分のことをなんとも思っていない、なんて聞かされていたけれど、さっきの彼女の笑顔からすると、ふたりの仲はけっして悪くないようだった。

 当たり前か、婚約者なんだから。

 そんな考えに至って、すぐさま自分の思考回路に嫌気が差す。私、美弥さんと一樹さんが仲があまりよくないことを期待してた? 一樹さんの一方的な片思いだったら、なんて。

 どうしてか、なんて考えることもできないほど、体の奥からじわじわと痛みが生まれてくる。答えはとっくに知っている。ただ、この気持ちに、この痛みに気づかないフリをしていただけ。

『美和』

 優しく私の名前を呼ぶから。

『自分の気持ちにまで嘘をつかなくていい』

 自分でも必死で言い聞かせて、誤魔化してきた気持ちに対して、あんなふうに言ってくれるから。

 どうしよう。彼への気持ちを抑えることができない。こんなのエキストラ失格だ。こっちが感情移入してどうするの。線引きだけは、きちっとしないといけないのに。

 視界が勝手にじんわりと滲む。浮かぶのは、さっき彼に向けていた美弥さんの笑顔だった。ああそうか。彼はあんなふうに笑って欲しかったんだ。そんなの私には無理に決まってる。

 私は強く目を瞑った。あと少し、もう少しで彼の婚約者の代役も終わる。だから、それまでは自分の気持ちに蓋をして、きっちり依頼をこなそう。

 嘘をつくのが、つき通すのがこの仕事だ。美弥さんの代わりを完璧とまではいかなくても、せめて彼の望むよう、役に立てるように。
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