強引専務の身代わりフィアンセ
「美和」

 呼び止められ、私は慌てて振り向く。一樹さんは椅子の背もたれに腕をかけて体をひねり、こちらに顔を向けていた。

「なんでしょうか?」

 なにか注意することでもあるのかと、首を傾げる。彼にちょいちょいと手招きをされ、意味がわからないまま再び近づくと、一樹さんは背もたれに乗せていた腕を私の方に伸ばしてきた。

「え」

 滑るように彼の指先が私の髪先をすくい、漆黒の瞳でこちらを見上げてくる。

「髪は、この前のときみたいに巻いてる方がいい」

 この前、というのはいつのことなのか。記憶を辿ってみたけど、私が彼と会って髪を巻いていたのは、このドレスを買いに行ったときだ。

「でも」

 美弥さんの髪はストレートだ。さっき会った彼女の姿が脳裏をよぎり、かすかに胸が痛む。けれどそんなことを彼は知る由もなく、私の髪を軽く引いた。

「巻いてる方が似合っているし、可愛いと思う」

 自然と、彼を見下ろしている顔に熱がこもり、私は顔を上げた。

「お、おだててもなにも出てきませんけど?」

「なにか出してほしいわけじゃない。婚約者として素直な意見を言ったまでだ」

 余裕たっぷりの表情に私は逸る鼓動を抑えるようにして彼から距離を取る。

「そ、それは、わざわざアドバイスありがとうございます」

 かしこまった言い方に彼はますますおかしそうに笑った。

「それで、聞いてくれるのか?」

「っ、考えておきます」

 ぶっきらぼうに小さく言い放ち、逃げるようにして彼に背を向けた。おかげで、今彼がどんな顔をしているのかは知る由もない。
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