強引専務の身代わりフィアンセ
「美和には、そっちの方がいい」

「……ありがとうございます」

 私には? 彼がどんな顔でそう言っているのかは想像できない。けれど私は、内心複雑だった。美弥さんと比べて言われている気がして。そこで我に返る。

「一樹さん、眠いならベッドへどうぞ。このまま寝たら駄目ですよ」

「わかってる。でもこっちのほうが癒される」

 子どもみたいな言い分に私は肩をすくめた。

「あなたに必要なのは癒しではなく、休息だと思いますけど」

 わざとらしく事務的な口調で告げる。頭では平常心を保とうと必死だった。回された腕の感触、密着した部分から、かすかに伝わる体温、なにもかもが私の心をかき乱していく。

 でも、彼だって人間なんだから、たまには誰かに甘えたり、人肌恋しくなったりもするのだろう。片思いをしているなら、それをしたい相手にはできないのだろうし。

 私は代わりだから、遠慮もないのかもしれない。何度も言うように、こんなのは契約外だ。でも、今それを口にはしなかった。

 その代わり、ゆっくりと彼の頭に手を乗せる。ぎこちなく撫でると、柔らかい黒髪が手の中で滑った。
 
「お疲れさまです、一樹さん」

 静かに呟いたが、彼からの返事はない。ただ、回された腕の力だけが強められた。

 さぁ、これでもう終わり。十二時まで待つ必要もない。この交流会が終われば私の仕事も、彼の婚約者としても、終わりを迎える。魔法は解けるのだ。
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