強引専務の身代わりフィアンセ
 ああ、最後の最後でやってしまった。

 部屋に戻って、着替えるために私は寝室にこもった。バスルームを使うように勧められたが、とてもではないが、そんな気持ちにはなれない。それに、もう帰るだけだし。

 頭が鉛のように重くてふらふらする。ぎこちない動きでドレスを脱いで、フリルのあしらわれたブラウスに、紺色のスカートを身に纏った。

 このホテルを出て家に着くまでは、彼の婚約者としてそれなりの格好をしておかないと。

 着替え終わり、私はベッドに腰かけて項垂れた。唇をきつく噛みしめて、さっきの中嶋さんの言葉を何度も反芻させる。あの場は、なんとかやり過ごせたが、その場しのぎなのは事実だ。

 甘かった。このエキスポで知り合いに合うはずはない、と高を括っていた自分が。

 中嶋さんのことは気にしはしていたけれど、彼の父親の方が出席すると聞いていたし、なにより彼があそこまではっきりと私を覚えていたなんて。

 どういったフォローをしようか、と思い巡らせたところで、ドアがノックされ、私は力なく返事をした。

「大丈夫か?」

 先にシャワーを浴びたのか、シャツとズボンというラフな格好の一樹さんが顔を出した。なにを、というのは言われなかったが、私は勢いよく立ち上がった。

「かっ、専務、申し訳ありませんでした」

 腰を曲げて深々と頭を下げる。気持ちはすっかり依頼者と業者になっていた。

「中嶋さんのこと、こちらでなにかしらフォローしておきますので、本当にすみません」

 謝って済む問題ではないだろうけど。彼は静かに聞いてきた。

「……美和は、彼が依頼してきたら、引き受けるのか?」

 その発言に私は弾かれたように顔を上げる。
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