強引専務の身代わりフィアンセ
『じゃぁ、婚約者になってもらいなよ。今度のエキスポ、社長の代わりに一樹くんが出席しないといけないって嘆いてたじゃん。相変わらず美弥は一緒に行かないだろうし』

 俺と幹弥の妹である美弥は形ばかりの婚約者の関係だった。元々、幹弥と美弥の父親が言い出したことで、本人たちにその気はまったくない。

 それは両親共に分かっていることだが、お互いに持ち込まれる縁談話などを断る理由にはちょうどよかった。

 だから、美弥が婚約者として俺に同行することはないし、俺も連れて行こうとは思わなかった。下手に後に引けなくなっても困る。

『美和ちゃんの実家のことを考えたら、婚約者の代行くらいしてくれるでしょ?』

『彼女が素直に応じると思うか?』

 今日のやりとりを思い出す。どう考えても彼女は俺にいい印象を持っていないだろう。幹弥はおかしそうに笑った。

『お、意外とノリ気? 一樹くんの話を聞く限り、大金積んでも首を縦に振るとは思えないね』

 だろうな、と短く返すと、幹弥は明るい声で言い放った。

『でもさ俺、気づいたんだ。美和ちゃんって美弥と名前が一文字違いだし』

 普段、意識することはないが、美和は家庭の事情で母親の旧姓を名乗っている。今更の事実に俺は目を丸くした。

『ね、ちょうどいい理由になるんじゃない?』

 今度は俺が黙って、しばし考えを巡らせた。すると幹弥の声が急に神妙なものになる。

『でもさ、美和ちゃんが仕事として笑ってくれたとしても、一樹くんの気はきっと晴れないと思うよ』

 そのときは、意味がよく理解できずに聞き流していた。

 なんでもいい、彼女と接触して、彼女のことを知れば、仕事と割り切ってでも笑ってくれさえすれば、この執着は解けるに違いない。こんなもんだったのか、と覚めることができるかもしれない。

 こうして俺は律儀にも幹弥の提案を実行することにした。
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