強引専務の身代わりフィアンセ
「いいえ、さすがにまだ寝てませんよ」

 今、まさに寝ようとしたところだったけれど。彼のポーカーフェイスを真似して、平然を装って返したものの、私の心臓はバクバクと音を立て、強く打ちつけはじめた。

 なにもなかったかのように接するには、あまりにも時間が経ってなさすぎる。 

「あの」

「さっきは失礼なことを言ってすまなかった」

 先手を打たれるというのは、こういうことだ。専務の静かな謝罪に、私は伏し目がちになる。

「いいえ。こちらこそ、すみません」

 それから、重い沈黙が降りてくる。気まずい空気なのは間違いない。それを壊すかのように口火を切ったのは専務の方だった。

「美和にひとつ頼みがあるんだ」

「頼み、ですか?」

 私は目をぱちくりとさせて専務の方を見た。専務はなんとも言えない表情のまま長い足を動かして、こちらに寄ってくる。

 おかげで私は反射的にソファに正座しそうになってしまった。専務はソファの前まで回り込むと、少しだけ腰を屈めて、私と視線を合わせてきた。

 なにを言われるんだろう、と緊張していると、次に彼がとった行動はまったく予想外のものだった。

「え?」

 体を寄せられ、彼の体温を感じたかと思うと、世界が揺れた。この流れに既視感を覚える。

「な、なんなんですか!?」

 状況も、彼のとった行動も、理解できない。専務はこの前の川を渡ったときみたいに私を抱き上げたのだ。抵抗しようとするも、回された腕は力強くてどうにもならない。
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