強引専務の身代わりフィアンセ
「離してください!」

 言ってみるものの、彼は聞く耳をもたず、隣の寝室に足を運んだ。ベッドは最初に見たときと同じで、まっさらの状態だ。もしかして、やはりソファで寝るのを譲らないつもりなんだろうか。

「専務!」

 つい声をあげると、突然、視界がまったく別物に切り替わった。背中からベッドに身を預けることになったのだ。そこまで高い位置ではなかったし、痛みもなかったけれど、かすかにスプリングが軋む音がする。

 慌てて身を起こそうとしたところで、それを阻止された。専務が私に覆いかぶさってきたのだ。さらにベッドが跳ねて、体が沈む。もう私の頭の中はパニックだった。

 そんな私にかまうことなく、専務はベッドに肘をついて無言でこちらをじっと見下ろしてくる。あまりにも距離が近いことに動揺して、表情から感情を読み取ることもできない。ただ、さっきの冷たさはない気がした。

「頼むから」

 形のいい唇が動いて切なげな声が耳に届く。続けられる言葉も、このあとの彼の行動も、まったくもって予測不可能だ。

 ただでさえ心臓が痛すぎて、頭が働かないのに。私は浅く呼吸を繰り返し、必要以上に瞬きをした。過呼吸を起こしそうだった。

 ややあって顔のすぐ横にあった専務の腕が動いたので、私は反射的に目をきつく瞑る。

 そして、次に感じたのは、優しく頭を撫でられる感触だった。混乱しつつも確かめるように、おそるおそる瞼を開ける。
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