強引専務の身代わりフィアンセ
 苦しい。専務にとって自分の存在価値なんてそんなものだ。正社員ではなく契約社員なんだから、尚更。

 しかも、あのときは会社に不利益をもたらす存在だと思われていたわけだし。彼は上に立つ者として当然のことをしただけ。こんなふうに八つ当たりまがいに、責めるのはお門違いだ。

「すみません、私っ」

 謝罪しようと、急いで身を翻して私は専務の方を向いた。それと同時に体を引き寄せられ、思いっきり抱きしめられる。ベッドが軋んでわずかに揺れた。

「悪かった」

 訳がわからずに、腕の中でおとなしくしている私の耳に届いた言葉は、いつもよりもずっと近い。

「あのときは、混乱もしてたし余裕もなかったんだ。ティエルナの噂は聞いていたけれど、半信半疑なところもあった。それに美和が契約とはいえ、うちの社員なのに、あまりにもあちらを庇い立てするから」

 今、彼がどんな顔をしているのかは私からは見えない。でも、そこに取り繕おうとか、そういった気持ちがないのは、なんとなく伝わってくる。

 なにか返さなくては、と思うのに体勢が体勢なだけに、私は硬直したままだった。

 回された力強い腕に、密着した部分から伝わる体温、息遣いがわかるほどの距離感。私の心拍数は上昇する一方だ。

 声を出すのに、こんなにも力がいるのだと知らなかった。喉の奥に力を入れて、私は専務の胸に顔を埋めたまま力なく発した。

「べつに庇い立てしたわけではないんですけど……」

 どんな依頼者だろうと、仕事だということをエキストラ自ら白状するなんて、絶対にあってはならないことだし、あのときは専務の言い方があまりにも乱暴だったから、ちょっと意地になってしまったのもあった。

 でも、それは言わないことにする。その代わり、私は思い切って続けた。
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