強引専務の身代わりフィアンセ
「この際だから、もうひとつ言わせてもらっていいですか?」

「どうした?」

 思ったよりも専務の声が優しかったので、無意識に彼のシャツを掴んだ。

「さっき、専務は私のこと『仕事で嫌々付き合ってる』なんて仰ってましたけど、そんなことありませんよ」

「そうなのか?」

 あまりにも意外そうな言い方に、私はそこでようやく顔を上げて、専務の方を見た。その距離の近さに驚きながらも、それを悟られないように強い口調で続ける。

「そうですよ。本当に嫌だったら、どんな事情でもこの依頼を受けてません。だ、大体、今までだって、なんてことも仰ってましたけど、こんな依頼、今までにありませんからね。異性と泊まりなんて……」

 泊まりだと自分で口にして、なんだか余計に意識してしまい、最後はしどろもどろになりながら、伏し目がちになった。

「だったら、どうして引き受けたんだ?」

 力強い、彼の更なる追及に一瞬だけ言葉に詰まった。なんて言えばいいのか迷ったけれど、正直なところを口にする。

「だって、依頼を断ったら専務が困るって。それで、私で役に立てるなら、って」

『困るな。俺には君が必要なんだ』

 美弥さんと名前が一文字違い、というだけ。でもそれだけで、彼は私のことを必要としてくれた。ほかの誰でもない、私を。もう同じ轍は踏むまい、と思いながら必要とされるのが嬉しくて、力になりたくて。

 専務が軽くため息をついたのを感じる。けれど、抱きしめる腕の力は緩めてくれない。
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