この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜



 皆もそれぞれ、両親や大切な人への別れを告げていた。


 一同の顔には、緊張の色が見え隠れする。
 皆が各々(おのおの)の出方を窺っている……。


 俺もそうだった。


 「腹を切る」と決断するのは簡単だが、いざ実行するとなると勇気が必要だった。


 どんな英雄豪傑でさえ、死への恐怖は多かれ少なかれあると思う。


 皆が乱れる心をなんとか平常に保とうとするなか、ふいに 大きな声が響き渡った。


 それは、篠田どのの声だった。


 皆の心を静めるための配慮なのか。
 彼は音吐朗々(おんとろうろう)と詩吟を始めた。



 『辛苦遭逢(シンクソウホウ) 一經(イッケイ)ヨリ()コル
 干戈落落(カンカラクラク)タリ 四周星(シシュウセイ)』………

 意(苦労して難しい書物を読み、試験に合格し身を起こしたのだが、国難にあい、戦に従って四年の歳月が経った)



 『山河破碎(サンカハサイ) 風絮(カゼジョ)(タダヨ)ワシ
 身世飄揺(シンセイヒョウヨウ) 雨萍(アメビョウ)()ツ』………

 (山河はつぶされ、己の身も世の中を漂って、まるで 雨にうたれる浮き草のようだ)



 ―――それは俺達が、日新館でともに朗読した懐かしい漢詩だった。



 『皇恐灘邊(コウキョウダンペン) 皇恐(コウキョウ)()
 零丁洋裏(レイテイヨウリ) 零丁(レイテイ)(ナゲ)ク』………

 (皇恐灘のあたりでは国家滅亡を説き、零丁洋を渡っては己の零丁を嘆くばかりである)



 これは中国南宋末期の軍人文天祥(ぶんてんしょう)という人の、『零丁洋(れいていよう)()ぐ』という詩だ。



 この詩は、文天祥が元に捕らわれたのち、元の将軍が宋の最後の拠点を追撃するにあたり、

 文天祥に宋の総大将宛ての降伏勧告の書簡を書くよう求めたところ、

 文天祥はこれを拒否、代わりにこの詩を作った。


 文天祥は滅亡へと向かう宋の臣下として戦うが、そのかいもなく宋は滅亡してしまう。

 彼は元に捕えられたあと、その才覚を惜しまれ、何度も元に仕えるよう勧誘されたという。

 しかし 宋への忠節を重んじ、度重なる勧誘を断って、刑場の露と消えた。


 文天祥は忠臣の(かがみ)として後世に称えられた人物。

 我々もそうありたいと、常日頃 愛唱していた詩だった。



< 411 / 466 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop