この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜
「利勝という名だけではなあ……。姓は何と言うんだ?どんな風体をしていた」
その質問に、私は首を振るだけ。
「姓は存じません……。利勝さまというお名前しかお答えして下さりませんでしたから。
年格好は兄さまと同じくらいで、大小をきちんと差されておいででした。
たぶんどこかの上級藩士のご子弟で、日新館に通っておられる方なのだと思ったのですが……」
「そうか。ならば俺も、明日 日新館で探してみよう。
兄として、きちんと礼を申さぬといけないからな。
でも もしかすると、俺の知り合いではなく、父上の教え子かもしれんぞ」
お父上さまは、今は御用所役人として人事係と裁判係の下調べをなされておられるそうですが、
以前は日新館の教職についていて、素読所で多くの学生達と接しておられました。
日新館がお休みの日などは、お父上さまに教えを請いに家を訪ねてくる学生もおられたから、
もし利勝さまが、その中のひとりとして我が家を訪れたことがあるのなら、家を知っていてもなんら不思議はない。
「……あ、そうか。そうですね。そっちの可能性もありましたね……」
思わず目をぱちくりする。
私ってば、早計すぎた。
利勝さまの雰囲気が、兄さまとよく似ておられたから。
すんなりと、兄さまのご友人なのだと信じて疑わなかった。
※大小……大刀と小刀。
※子弟……藩士の子と弟。
※素読所……藩校日新館内にある、今でいう小学校。
※早計……よく考えないで軽率に判断を下すこと。また、はやまった考えや判断。
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